JOURNAL

.

03

.

CONTINUE

.

読了目安 5〜7分

— views

うまくいかなかった日のあとに

一日がうまくいかなかったことより、「もう全部だめだ」と決めてしまうことのほうが、その先の日々まで奪ってしまうことがある。

やり直すとは、何もなかったことにすることではない。
起きたことに正直に向き合い、次の行動を選び直すことだ。

朝、アラームが鳴る。
止めて、もう少しだけ眠ろうと思った。
次に目を開けたときには、起きるつもりだった時刻を1時間以上過ぎていた。

急いで支度をする。
朝に続けたかった習慣もできず、仕事を始めるのも遅くなった。
「今日はもうだめだ」と、心の中でつぶやく。

そのあと、少しだけ見るつもりだったスマートフォンで、さらに時間が過ぎた。
やることを後回しにする。
自分への苛立ちから、そばにいた人にも、ついきつく言ってしまった。

夜になると、崩れたのは朝の予定だけではなくなっていた。
一日を、自分から手放してしまったようだった。

寝る前に決める。
「来週から、ちゃんとやり直そう」

でも、今日はまだ水曜日だ。

一つの出来事で自分を決めつけてしまう

うまくいかない日に、いつも大きな出来事があるとは限らない。

一度、遅れた。
仕事が一つ終わらなかった。
感情のままに、言葉をぶつけた。
やめたかったことを、またやった。
続けていた習慣を、一日休んだ。

それぞれは、一つの出来事だ。
でも、そのあとに、自分についての決めつけが続くことがある。

「自分は、何も続けられない」
「いつもこうだ」
「最初から、できるわけがなかった」
「一度途切れたんだから、もう続けても意味がない」

うまくいかなかった一日が、ただの一日ではなくなる。
自分がどんな人間かを示す証拠にしてしまう。
そして、その決めつけが、翌日の再開を難しくする。

習慣が一日途切れたことは、確かに一つの問題だ。
でも、「自分は続けられない人間だ」と決めると、もっと大きな問題になりやすい。

一日できなかったことを、1週間やめる理由にする。
一度の間違いを、そのあとも間違えていいという許可にしてしまう。

うまくいかなかった一日が、過去にとどまらず、明日までついてくる。

やり直しても起きたことは消えない

「もういい。明日から新しく始めよう」
そう言うだけで、すべてが片づくわけではない。

終わらなかった仕事には、影響が残るかもしれない。
苛立って口にした言葉が、誰かを傷つけているかもしれない。
使いすぎたお金が、その先の生活に響くこともある。
体に無理をさせたなら、休む必要があるかもしれない。

やり直すとは、そうした影響を見ないふりをすることではない。

直せることを直す。
謝る必要があれば、謝る。
本当のことを伝える必要があれば、伝える。
なぜうまくいかなかったのか、振り返る。
そのうえで、次はどうするかを選び直す。

自分を理解することと、責任を避けることは違う。
自分を責め続けなくても、間違いは認められる。
恥ずかしさの中に長くとどまらなくても、起きたことの後始末はできる。

「今日はうまくいかなかった」と認めること。
「自分はだめな人間だ」と決めること。
この二つは違う。

一方は、何が起きたかをはっきりさせる。
もう一方は、やり直す道をふさいでしまう。

完璧に続けることよりもまた戻れること

続ける力は、一度も途切れないことだけではない。
途切れたあと、どれくらい早く再開できるかも、その力の一部だ。

以前は一日休むと、そのまま1か月やめていた。
そのうち、1週間以内に戻れるようになる。
やがて、翌日に戻れるようになる。
そしていつか、一つ選び間違えても、次の行動からやり直せるようになる。

完璧になったわけではない。
戻ってくる力が、少しずつ育っている。

再開することは、やるべきことを全部、すぐに取り戻すこととは限らない。

ひどく疲れた日は、早く寝ることが立て直しになる。
仕事が多すぎるなら、無理な予定を減らして、できることを一つ選ぶ。
一人では抱えきれないなら、助けを求める。
それも、戻ってくるための選択だ。

月曜日まで待たなくていい。
新しい月も、やる気が戻る日も、待たなくていい。
次にできる、責任ある行動から始められる。